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日医工ジャーナル ダイジェスト

Vol.51 No.432 2025.4-6 ダイジェスト

日本の医療保険制度と医療機器産業
〜保険診療と医療産業振興の関係を探る〜

大道 久 氏 
一般社団法人 日本医療経営学会 理事長/
日本大学名誉教授/JCHO横浜中央病院名誉院長



−−医療産業は病院の設備投資や医療機器の購入で成り立っているのであり、国民皆保険による保険診療で病院が赤字経営になると市場は縮小します。一方で、機器の進化が病院の診療効率や質の向上を支えている。しかし、このまま赤字が続けば、国内の医療機器開発は停滞するでしょう。先生はこうした関係をどのように見ていますか。

【大道】国民皆保険制度の維持が難しいと言っても、有効な医療は保険制度で患者さんに還元されなければならない。そのために、保険料の納付は国民の義務となっているわけです。ある治療法や診断法が有効な医療であることが証明されると保険適用されるのは、そうした理由だからです。高額なので、保険適用はしないということはありません。実際、難病治療薬や遺伝子治療薬などはかなり高額ですが、有効性が証明されればほとんど適用されています。
 医療機器も同様です。これまでも有効な医療機器、革新的な医療機器であれば保険適用という形で承認され、事業として成り立ってきました。
 問題はいくつかに先分かれしますが、1つ目は保険適用をどこまでにするのか。2つ目は保険料の負担をどこまで国民にお願いするか、さらに自費負担の割合をどうするのか。つまり、保険の給付と負担のバランスをどのように考えるかにあります。
 保険適用か、そうでないかは、医療機器産業において大きな論点になるでしょう。例えば、高度な画像診断装置が登場したとします。これまでは、それが有効であれば確実に保険適用されてきました。そうした流れは今後も無くならないと思います。


−−産業界が知りたいのは、中央社会保険医療協議会(以下 中医協)がどのような視点で判断しているかです。どのような点を優先順位としているのか、それがわかったら産業界側はそれを重視して開発を進めることでしょう。

【大道】政治的な側面があり、行政裁量もあって難しい質問ですね。我々もどの分野にどのような範囲で診療報酬が付くのか、的確に判断することはできません。残念ながら医療財政が厳しい中、全体として抑制的にならざるを得ないでしょう。



第2期医療機器基本計画の進捗状況を聴く
〜第3期基本計画の地ならしも同時にスタート〜

南川 一夫 氏 
厚生労働省 医政局 医療機器政策 室長



−−基本計画において認定事業者の医療情報の提供を促進するとされている「次世代医療基盤法」が改正・施行されました。これは医療情報の加工、提供の話ですので、業界としては医療機器開発への影響も大きいと考えています。進捗状況はいかがでしょうか。

【南川】「次世代医療基盤法」は、国民・患者の皆様の健康・医療情報を、創薬や医療機器創出などに利用し、健康・医療に関する先端的研究開発及び新産業創出を促進し、もって健康長寿社会の形成に資することが目的で整備されました。改正前の制度では、医療情報に含まれる氏名や生年月日、個人識別符号などを復元できない方法で削除・置換することにより匿名加工を行い、特定の個人を識別できないようにしたうえで、第三者に提供することが定められていました。しかし、患者数が少ない希少疾患にはこの過程で削除・改変される医療情報こそが重要である等の声もありました。
 こうした背景を踏まえ、改正次世代医療基盤法では、新たに「仮名加工医療情報」の作成・提供を可能とする仕組みを創設しました。仮名加工は、氏名など単体で特定の個人を識別できる情報は削除されますが、医療データ領域の削除・改変は基本的には不要となるため、希少疾患についてのデータ提供のほかにも、同一対象群に関する継続的・発展的なデータの提供、審査当局に提出されたデータの元データへの立返りの検証などに有用です。我々としましては、基本計画にある通り、匿名加工医療情報のみならず、仮名加工医療情報についても、利活用の拡大に取り組み、医療DXを推進したいと考えています。
 改正ポイントの2つ目は公的データベースとの連結です。匿名加工医療情報と、NDB(匿名医療保険等関連情報データベース)や介護DB等の公的データベースの匿名化情報を、連結解析できる状態で研究者等に提供できるように制度改正しました。疾患の実態把握の高度化、リアルワールドデータ研究の加速、介護との連携によるQOL評価、公衆衛生・政策研究などにおいて大きく貢献することが期待されます。


日本における医療の国際展開について
Medical Excellence JAPANの取り組み

渋谷 健司 氏 
一般社団法人 Medical Excellence JAPAN 理事長



−−単刀直入にお聞きしますが、日本の医療ツーリズムの現状をどのように捉えていらっしゃいますか

【渋谷】MEJの理事長に就任して最初に考えたのは、アウトバウンドとインバウンドを一体化して進めていくことでした。アウトバウンドは比較的順調に進むと考えていましたが、インバウンドはコロナの影響もあり、日本医療のポテンシャルに見合った海外からの医療目的で渡航する患者さんが来ていないのが現状でした。
 公的保険に慣れた医療機関が、いきなり海外からの患者さんに医療サービスを提供する、しかも自由診療で行うといっても難しい話です。2024年には、病院の6割は赤字と言われています。経営状況が非常に苦しいので、自由診療の医療ツーリズムを実施したいという気持ちは理解できます。しかし、現状、医師の働き方改革の動きもあり、残業制限があるにも関わらず仕事量は減っていません。現場の医師達は自己犠牲の中で働いているわけです。病院を経営する上でインバウンドが必要であっても、勤務する医師達には、既存の患者に加えて、対応が難しいと考えられる外国人患者に対応するインセンティブはありません。医療現場のそうした点を変えなければならないでしょう。
 さらに、医療ツーリズムを謳っている病院でも、なかなか海外からの患者さんが来ない。その根本原因が何なのかきちんと調査をしない限り、医療機関側の一方的な思い込みではうまく行かないと思います。


−−医療ツーリズムを進めるための認証制度は効果があったのでしょうか。

【渋谷】認証制度は重要で、外国人患者さんを受け入れる体制が整っているということを示す認証基準に合った医療機関が医療ツーリズムを行うべきだと考えます。ただ、それで患者さんが来て、自由診療で利益を上げられるかどうかは、また別の話だと考えています。


臨床と研究に活かせるベンチャー企業での
インターン体験を医療系学部学生に提供

山本 浩平 氏
東京科学大学 大学院医歯総合研究科 人体病理学分野 講師/博士(医学)




経済産業省への出向がきっかけ

 私は2003年に東京医科歯科大学(現・東京科学大学)を卒業し、2007年に本学包括病理学分野助教となり、3年間の米国での研究留学、経済産業省への出向を経て、2022年より現職に就きました。
 私が現在学内で取り組んでいることは、ベンチャー・スタートアップ企業(以下 ベンチャー企業)における単位取得型のインターンシップ制度で、本学の複数の医療系学部学科・専攻の学生が参加対象となっています。
 ベンチャー企業をインターン先とした理由は、企業形態が医学系研究と同様、圧倒的なスピード感でPDCAサイクルを回し、最速のアウトプットを目指すからです。また、ベンチャー企業の活動が単なる営利目的ではなく、社会課題の解決を真の目標にしている点も医学的研究と共通していました。こうした構図は、医学研究の目的が論文の執筆にあるのではなく、新たな医学的知見を見出し、多くの人を幸せにすることと同じです。また、医学科の4年生が約5カ月(6月から10月頃)にわたり研究室に所属して研究を行うプロジェクトセメスターと、ベンチャー企業でインターンを経験しながら課題を見つけて検証することは、本質的によく似ていると思いました。