日医工ジャーナル ダイジェスト
Vol.41 No.383 2012.10-2013.1 ダイジェスト
インタビュー医療機器開発における医療機器センターの役割
菊地 眞 氏 財団法人医療機器センター 理事長
私も全国各地の医療機器開発クラスターから講演して欲しいと依頼されて地方に出向くことがあるのですが、地元の方のお話を聞くと医療産業についての情報があまりにも足りないことに驚かされることが多いですね。政治や行政の方々も中小企業を盛りたてて医療機器産業の振興をしなければと思っていらっしゃるのですが、医療産業そのものの本質的課題や構造的問題を知らないでただただ旗振りだけしているようにも見えますね。他方、医学界に目を向けてみると、優れた医療機器を世に出そうとする意識よりも、自分の研究に重きを置いている場合が多いように思います。その目的は学術面でより深く、またより長く安定して研究したいとの願望が第一で、産業界とは異なった方向に考えが傾いてしまう。しかも医師が研究だけでなく開発までも一人で抱え込んでしまうことがほとんどです。
医工連携課題解決型医療機器等開発事業に関する
説明会および意見交換会
年の瀬も押し迫った昨年の12月20日、東京ガーデンパレスにて「経済産業省 課題解決型医療機器等開発事業に関する説明会および意見交換会」が開催された。この催しは日医工の主催で行われたもので、財団法人 医療機器センターの菊地眞理事長、経済産業省 医療・福祉産業室の覚道崇文室長ならびに濱田祐治室長補佐からの講演、そして参加者を交えた意見交換といった内容で進められた。課題解決型事業に関しては行政側と企業側とで意見交換する機会がこれまでほとんど無かったこともあり、この会は双方にとって大変有意義な催しとなった。参加者からはポイントを突いた多くの質問がなされ、日本の医療機器業界の抱える問題点が明確化されるとともに、この事業に対する日医工会員の関心の高さが伺われた。冒頭、日医工理事長の松本謙一氏の挨拶に続いて、医療機器センターの菊地眞理事長の講演があった。菊地氏は東京女子医科大学講師、防衛医科大学校副校長などを歴任した後、現在は医療機器センターの理事長を務めている。行政と民間企業の間にある立場として、日医工に加盟している製販企業と地方のものづくり中小企業が、本事業を通じてどのように連携するべきかを語った。
山梨県にて成長分野産業
進出セミナーを開催
山梨県は、医療機器産業を今後の成長が期待される分野であると捉え、県内の医療機器産業の促進を図ろうとしている。去る10月31日、日医工の副理事長を務める植竹強氏により、アイメッセ山梨にて中小企業の経営者を対象とした講演が行われた。内容は医療機器の歴史から始まり、国内市場の現状や新規参入をするにあたって求められる姿勢など、多方面に及んだ。当初2時間の予定だったこの講演会は3時間にも及び、山梨県の企業経営者たちの、業界への関心の高さを示すものとなった。
植竹氏による講演は、世界史的な医療機器の発祥から始まった。紀元前のエジプト遺跡から医療機器が多数発見されており、それらは現在イギリスの博物館に保管されているという。そうした歴史を持つヨーロッパでは、臨床医学と基礎医学は一緒に組み上がってきたことを説明した。
インタビュー医療機器産業界の中心地、文京区の可能性
成澤 廣修 氏 東京都文京区長
文京区は、昔から印刷・製本・出版業と医療機器が盛んでしたが、現在でもこの二つが文京区にとって最大の産業であることには変わりはありません。昨今、情報のデジタル化の影響を受けて印刷や製本業はかなり減少し、区外への工場移転に伴って企業数も減少傾向にありますが、出荷額ベースでいうと文京区の経済を支えているのは依然として印刷・製本・出版、そして医療機器産業です。
私は生まれも育ちも文京区春木町(現本郷三丁目)です。現在も住んでいるので、医療機器業界の移り変わりを長年身近に見てきましたが、時代の変遷や法改正による淘汰のためでしょうか、本郷の医療機器業界もずいぶん様変わりしました。子どもの頃は、家の近くでガラスを吹いてフラスコを作る職人さんや象牙で聴診器を作る職人さんがあちこちにいたと記憶しています。しかし、街の様子は変わったとしても、この町が作られてきた歴史とともに、医療業界もまた未来に向かって歩んでいるということ自体は変わっていないと思っています。
読み物日本の医療機器産業の足跡
第一回明治時代、近代医療機器の黎明
菊地 眞 氏 財団法人医療機器センター 理事長
日本における医療機器の大きな発展は二十世紀初頭に起こった日露戦争後から始まるが、医療機器そのものの歴史は意外と古く十六世紀にまでさかのぼることができる。きっかけとなったのはポルトガルのキリスト教宣教師フランシスコ・ザビエルの来日で、鉄砲の伝来とともに西洋医学による治療法と医療器械、医薬品がもたらされた。日本ではそれまでにも中国の漢方医学に使用されていた鍼灸用の針などがあったが、外科手術に使用されるような本格的な機器の流入はこの時期が最初である。
江戸時代の厳しい鎖国政策の中においてもオランダを通じての西洋医学の伝来は続き、寛永年間においては長崎の鋏職人が輸入品を手本にして西洋風の外科器具を製造している。記録によると剪刀、ノミ、弓鋸、メス、ピンセット、ランセット、鉗子などで、おそらくこれが国産品として最も早い時期に作られたものであろう。この時に舶来品に精通していた堺商人たちは、この国産の外科器具を大きく宣伝している。現在の医療機器製造業の礎を築いた屋号の一つに「いわしや」があるが、その先祖は堺出身である。彼らの医療機器に対する先見の明は、こうした歴史的な背景によって培われたものと思われる。安土桃山時代の末にオランダからもたらされた医学と医療機器は、その後も江戸時代が終焉をとげるまで日本の医学界に刺激を与え続けることになる。
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